精神科医
和田秀樹先生
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健康寿命をのばそう運動主宰
西川りゅうじん氏
長生きよりも元気が大事!
意味がない「正常値信仰」
西川:和田先生は健康診断の数字だけで、その人の健康状態を判断し診療する日本の医療の「正常値信仰」に警鐘を鳴らしておられますね。日本は先進国の中で検査機器の台数はダントツ1位ですが、一方でガンによる死者が増えているのは日本だけ。何かおかしいですね。
和田:大規模な比較調査による統計学的指標から考察される根拠に基づいた医療をEBM(Evidence Based Medicine)と呼びますが、アメリカではこういったエビデンスを求める研究が盛んに行われており、その結果から必要のない薬が淘汰されていきます。ところが日本では、そのような大規模調査はほぼ行われておらず、欧米で欧米人に対して行われた調査結果による数値や統計学的な平均に近い数字を「正常値」として、それをもとに診断され、数多くの薬が漫然と処方され続けているのです。
西川:つまり、健康診断で「正常値」だと思い込まされている数値が、日本人に適合するかも明確でなく、本来、日本の医療のベースとすべきエビデンスそのものが存在しないということですか!それに同じ日本人でも体格も体質も異なりますし、親子兄弟でも個人差・個体差が少なからずありますからね。
和田:さらに言うと「正常値」とは平均値からのデータのバラつきの度合いを示す標準偏差を加味して計算した単なる数字に過ぎません。健康診断の数値がその数字と差があっても、ただちに、あなたが病気になりやすいか、なりにくいかを示すものではないのです。
健康診断の数値の真相
西川:私の周囲でも老若男女を問わず、健康診断の結果、いわゆる「正常値」と比べてコレステロール値が高いと指摘され、医師から言われるままに抗コレステロール薬を飲み続け、数値は「正常値」内になったのに、何か心身の元気がなくなり、病気知らずだったのに度々カゼをひくようになり、逆に免疫力が低下したのか、帯状疱疹を発症したといった話を見聞きします。
和田:実は数値の判断は専門によって異なります。循環器内科では一般的にコレステロールは良くないものとされます。善玉・悪玉のコレステロールというのも循環器内科の視点から善か悪かということであり、心身全体にとってではありません。免疫学からすればコレステロールは善玉であり、精神医学ではコレステロールが高めの人の方がうつ病になりにくく、ホルモン医学では男性ホルモンや女性ホルモンの原料となるものです。
西川:なるほど、健康は心と体の全体のバランスが大切なのに、医療が細分化し過ぎた結果、部分最適を求めるあまり、全体最適でなくなってしまっているのですね。和田先生は、高血圧や糖尿病がある人も、インスリンなどの薬剤で数値は「正常値」に改善したはずなのに、フラフラしたり、ボケたようになった、失禁を起こすなどQOL(Quality Of Life=生活の質)が逆に改悪するケースも少なくないと指摘しておられますね。
和田:高血圧や糖尿病についての治療方針は、歳を重ねるに連れて、徐々に変えていくべきなのです。例えば、血圧が高いと脳卒中で亡くなる可能性が高いと思われていますが、それは昔の話です。
戦後は粗食だったため、たんぱく質不足の血管の人が多かったので、血圧が高いと血管が破れやすかったのです。それに高齢者で動脈硬化のない人はほとんどいません。動脈硬化が起きると血管の壁が厚くなっていますから、血圧が高くないと脳に酸素が行きませんし、血糖値が高くないと脳にブドウ糖が届かないのです。世界で一番高齢者が多い日本こそ、高齢者に最適な医療のあり方についての研究を行うべきだと思います。
あなたらしく生きるために
西川:和田先生は、一人一人の個別性・多様性を尊重することの大切さを説いておられますね。薬漬けや型にハマった医療的ケアといった画一的な治療ばかりを是とするのではなく、「その人がその人らしく生きる」ことが何より大事だというお考えは、まさにこれからの医療のあるべき方向性を指し示す道標だと感じます。
和田:日本人の平均寿命は延びましたが、健康寿命はまったく延びていません。ただ長生きすることより、元気であることのほうが大切なのです。
西川:心身の元気を保ち続けるには一緒に人生を帆走してくれるお医者さんが不可欠だと思いますが、そんな先生をどうやって探せばよいのでしょうか?
和田:私は「医者版の食べログ」を作るべきだと思います。愛想がよくて、説明がうまくて、患者にとっていいようでも、医療のレベルが高いとは限らないという人もいるでしょう。しかし、今まで述べてきたように、必ずしも医者の言うことが当てになるとは限らないですから、話して気分がいい医者にかかったほうが悔いは少ないでしょう。その先生と一緒にいると何となく元気になるなら、それはいい医者です。患者の口コミと医学会の権威のどちらを信じるかはご自分次第。私は患者から見ていい医者がいい医者だと断言します。
西川:なるほど、健康診断とお医者さんに対する認識が大きく変わりました。大いに示唆に富むお話をありがとうございました!
精神科医。東京大学医学部卒業。浴風会病院精神科医師、東京大学付属病院精神神経科助手、アメリカ・カールメニンガー精神医学校国際フェローを経て、国際医療福祉大学心理学科教授。一橋大学経済学部非常勤講師。川崎幸病院精神科顧問。専門は老年精神医学、精神分析学、集団精神療法学。親向けのオンライン塾「和田秀樹の親塾」主宰。『70歳が老化の分かれ道』『80歳の壁』『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』などベストセラー多数。