鄭 雄一 × 西川 りゅうじん 【知っ得健康対談】

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東京大学大学院医学系・工学系研究科教授 神奈川県立保健福祉大学ヘルスイノベーション研究科長 鄭 雄一先生
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健康寿命をのばそう運動主宰 西川りゅうじん氏

健康を“自分ごと”化して「自分で守る健康社会」を創ろう!


コロナ危機が社会の課題と道徳レベルをあぶり出した!

西川:鄭先生は東大の「自分で守る健康社会」に関する研究で、健康を“自分ごと”化し、地域や世代間の絆を取り戻すことによって、行動変容を起こすことの重要性を発信されています。図らずも新型コロナウイルスの感染拡大で、私たちは行動を変容せざるを得ませんでした。コロナが社会の造影剤となって、レントゲンのように良い点、悪い点を映し出したように感じます。

:疫病や戦争といった大きな危機は、隠れていた社会の課題や道徳レベルをあぶり出します。道徳とは、言わば、どこまでを仲間と考えるかであり、道徳レベルの低い人は、自分のことだけを考えます。次の段階の人は、親兄弟など自分に近しい人だけ。もう少し広くなると社会全体、もっと広く考える人は、自分の社会を超え、他の国や世界も仲間だととらえます。

西川:体験したこともない今回の危機に際して、日本社会の道徳レベルをどうご覧になりますか?

:普段は道徳レベルが高い人でも、大きな危機が迫ると、仲間の範囲が一気に狭まって、自分や家族のことしか考えられなくなったりします。その最たるものが、マスク、ペーパー類、食料の買い占めです。今回のような世界的な危機には、個人や社会のモラル、寛容性、多様性が試されます。日本では、買い占めが一部には見られましたが、ロックダウンに近い行動制限を課されても暴動が起きなかったのは素晴らしいことです。

西川:感染により、国内で約1千人、世界では40万人以上の人が亡くなっていますが、基礎疾患を持つ人の方がハイリスクだといわれています。

:感染症と生活習慣病の関係性は低いという見方もありました。しかし、生活習慣病を予防するライフスタイルが、感染症に対しても免疫力を高め、重篤化や命を落とすのを防ぐことが明らかになってきました。また、日本をはじめ東アジアの人口当たりの死亡者数が少ない点も興味深いです。やはり、肥満が少ないことが、その一因だと考えています。

人類の歴史を振り返れば現在の状況のほうがノーマル?

西川:新型コロナウイルスが私たちに突き付けた最大の試練は何だと思われますか?

:人間は、本来、誰かとご飯を食べたり、歌ったり、楽しく一緒に過ごしたい生き物です。しかし、感染症の予防のためには、人と人が密に接して、親しく会話したり、握手などボディコンタクトするのは良くないことです。そういった人間の根源的な欲求を、一定程度、抑えなければならないのは、人類にとって大きな課題ですね。

西川:たしかに、人と人の間と書いて人間ですからね。ソーシャルディスタンスとはいっても、飲食店やカラオケ、ジムなどにおける感染防止のガイドラインでも、人とのコミュニケーションと感染予防のバランスを取るのは難しい。幕末のコレラの流行を描いたTBSドラマ「JIN」や、小松左京原作の映画「復活の日」(英題「ウイルス」)が再び注目を集めているのも、皆、そこから何かしら解決の糸口を見出したいのだと思います。

:誰しも自分のリアルな体験以上のことを想像するのは難しいものです。コロナの前と後とで、作品の受け取り方が変わることもあるでしょう。私自身、アルベール・カミュの小説「ペスト」を改めて読んでみて、より深く理解できた部分があります。

西川:天然痘、コレラ、ペスト、スペイン風邪、エボラ、エイズをはじめ、いつの時代も人類は新たな感染症のパンデミックに対して無力ですね。

:今回のウイルスによる悲惨な体験を忘れず、小説やドラマ、映画、写真、絵画はもとより、AR(拡張現実)とVR(仮想現実)を合わせた最新のXR(クロスリアリティ=さまざまな仮想・空間拡張手法を活用した臨場感あふれる疑似体験技術)を駆使して、後世に記憶をつないでいくべきです。

西川:新型コロナウイルスの猛威は、人類にとって第二次世界大戦以来の危機といわれます。これから来るかもしれない第2波、そしてさらに、未知の感染症に私たちはどう備えればよいのでしょう?

:「新しい生活様式」「ニューノーマル」が提言されていますが、人類の歴史を振り返れば、たびたびパンデミックは起こっており、現在の状況のほうがノーマルなのだともいえます。一人ひとりが、生活習慣病や感染症を予防する健康的な日常生活を送っていれば、必要以上に恐れることはありません。

西川:なるほど、鄭先生がおっしゃる「自分で守る健康社会」とは、ウイルスと共生しながら、おのおのが免疫力を高め、ひいては社会全体が免疫力を高めていくということですね。

:その通りです。一人ひとりが健康リテラシー(健康についての正しい情報を読み解く力)を高め、行動を変容することが、まさに「自分で守る健康社会」を実現するのです。

西川:自分自身の健康を“自分ごと”化するだけではなく、地域や世代を超えたつながりと健康を“自分ごと”化することが社会全体を健康にする。それがまた回り回って自分の健康を守ってくれる広い意味での免疫となるわけですね。

:自分の健康を守ることから、入院を外来に、外来を家庭に、そして、家庭で健康に暮らせる持続的な社会を創っていきましょう!

西川:示唆に富むお話をありがとうございました。先生のおかげで健康とは何かを再認識できました。

鄭 雄一氏プロフィール

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東京大学「自分で守る健康社会」(COI)副機構長。医学博士。東京大学医学部卒業、同大付属病院研修医、マサチューセッツ総合病院内分泌科研究員、ハーバード大学医学部助教授、東京大学大学院助教授等を経て現職。
「医学は実学である」という信念のもと、医・工・薬・理連携に関わる研究教育プロジェクトを指導的立場で推進し、産学連携、規制対応、規格化・標準化の推進に積極的に取り組んでいる。