神奈川県立保健福祉大学理事長 大谷泰夫氏 × 健康寿命をのばそう運動主宰 西川りゅうじん氏
健康と病気の間のグラデーション
西川:大谷先生は黒岩祐治知事と二人三脚で、人生100年時代の新たな健康観として「未病」を提唱され、ヘルスケアの分野にイノベーションを起こしておられます。神奈川県は全国をリードする「未病先進地」として注目を集めていますが、そもそも「未病」とはどのような考え方なのでしょう?
大谷:平均寿命が延びて、今や1世紀を生きる人も少なくありません。心身の状態を、健康か病気かの2つに単純に分けて考える人生ではなくなってきました。健康と病気が共存する状態、やや調子が悪くても現役生活を送る状態が、実は人生で相当長い時間を占めています。そんな健康と病気の間のグラデーションの状態を「未病」の段階ととらえ、より良くしていこうという健康観です。
西川:なるほど。たしかに、年齢を問わず、誰しも心身にどこか問題をかかえて生きている場合が多いでしょう。健康診断を受けたら、昨日まで健康だと思っていた人が、突然、その日から「患者」と呼ばれる。薬を飲んだり手術したり治療が始まると、病人扱いされ、生活が一変。若くして「患者」になると人生の半分以上が病人生活というのはおかしいですね。
大谷:「未病」の考え方は、治すという呪縛からの解放でもあるのです。人はある日突然、病気を発症するのではありません。長年の生活習慣などが積み重なって、症状が少しずつ顕在化してきます。つまり、健康と病気は、一定の期間、体の中で共にあり、連続しているととらえる方が自然です。ですから、心身の衰えや病気とただ「戦う」というのではなく、場合によっては「共生」していくべきなのです。
西川:健康か病気かという二者択一のとらえ方ではなく、付き合いながら改善していくということですね。
大谷:その通り。血圧135の人が3年後も135だと、数値的には良くなっていないと診断されますが、年齢とともに上がることを考えれば、むしろ改善しているともいえます。私たちは赤ちゃんのときからさまざまな病気にかかり、回復したらまた「未病」の世界に戻ることを繰り返しているのです。
西川:日本人の2人に1人はがんになる時代ですが、手術後に回復し、日々気を付けながら生活している人も、「患者」ではなく「未病」の人なのですね。
大谷:まさに「未病」の状態です。従来の治すことが目的の医学がすべてではありませんが、「未病」は医者いらずということでもありません。治療した病気が回復しても診療や薬を拒否するのではなく、医療のコントロールの下で改善していけばいいのです。
「健康リテラシー」を高めよう!
西川:「未病」の健康観を持って人生100年を健やかに生きるうえで大切なことは何でしょうか?
大谷:「未病」を支えるのは自分自身です。そのために一番大切なのは「健康リテラシー」を高めることです。つまり、体に何が良いのかを知り、それを毎日の生活に結びつけていく力です。
西川:「健康リテラシー」を高めるためにはどうすればいいですか?
大谷 私が理事長を務める日本健康生活推進協会が主催している「健検」(日本健康マスター検定)を目指すのもいいでしょう。病気を改善して健康寿命を伸ばすにはもちろん、さまざまな健康食品やサービスの中から自分に適したものを選択する目を養うのにも有益です。
大谷:「未病」の健康観を持ち、「健康リテラシー」を高めつつ、日々心身のセルフケアを心掛けることが、令和の時代を生きる私たちに最も大切なことに違いありません。
大谷 それは自分自身にとってのみならず、家族にとっても子どもたちが健康に長生きしてくれることは最も大事なことです。また、企業や組織にとっても社員が健康で元気で労働生産性を上げてくれたほうがいいに決まっていますね。
西川:「未病」に関する取り組みは、教育機関や企業でも着実に進んでいますね。
大谷:神奈川県では子どものころから「未病」教育を行うようになりました。中学・高校生のための「未病」テキストを作成し、配布を始めています。また、県内の企業、神奈川県、研究機関の産官学が連携して、「未病産業研究会」を設立し、さまざまな商品やサービスを生み出しつつあります。
西川:少子高齢化で日本の伝統的な企業のマーケットは縮小していますが、今後、日本のみならず、欧米や中国、韓国、台湾、香港など東アジアの国々も急速に少子高齢化が進みます。そういった意味では、「未病産業」は無限の可能性を秘めているといえますね。
大谷:これからの「未病産業」の研究拠点として、神奈川県立保健福祉大学では、東京大学の鄭雄一教授を研究科長にお迎えし、この4月から新たな大学院修士課程「ヘルスイノベーション研究科」を設置しました。起業家精神を持ち、科学的根拠に基づいたアプローチによって社会変革に意を尽くすことができる人材の養成を目指しています。
西川:「未病」とは、私たち一人一人の意識と行動にかかっており、企業も教育も人に始まり人に終わるのだとわかりました。令和は神奈川県が「未病」のフロントランナーとして、日本全国はもとより世界中を元気にする時代になりそうですね!ありがとうございました。
神奈川県立保健福祉大学理事長。東京大学法学部卒業。厚生省入省。医政局長、厚生労働審議官、内閣官房参与を経て現職。
日本保育協会理事長、日本健康生活推進協会理事長を務める。
医療分野における研究開発の推進・実用化に尽力し、また企業との連携による健康産業の発展にも寄与している。