服部栄養専門学校 校長
服部幸應先生
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健康寿命をのばそう運動主宰
西川りゅうじん氏
≪食育≫の基本は家庭の食卓から
おばあちゃんの知恵が伝わらない
西川:服部先生は食の第一人者として「食育」という言葉と考え方を世に知らしめ、食育基本法の制定に中心的役割を果たされましたね。
服部:以前の教育は知育・体育・徳育の3本柱でした。そこに食育をプラスすべきだと当時、厚生労働大臣だった小泉純一郎さんに話したことがきっかけでした。その後、小泉さんが総理大臣になると、食育調査会のアドバイザーに招かれて、実現に向けて動き出し、法制化に漕ぎつけたのです。本来は学校教育より家庭教育こそが食育の原点です。昔は家庭における食育をおばあちゃんが担っていました。しかし戦後、核家族化が進み、家庭での食育が難しくなったため、学校でも教えることになったのです。
西川:「このままでは日本の食文化が失われてしまう!」という危機感から食育を推進されたのですね。
服部:核家族で育った世代が親になり、孫と祖父母はお盆とお正月くらいしか会う機会がなくなりました。そのため、パパママだけではできない、おじいちゃんおばあちゃんならではの家庭内のしつけや生活の知恵が伝承されなくなってしまいました。
西川:たしかに家庭や地域のおふくろの味が消え、3食ができ合いの加工食品では子どもたちが心身ともに健康でいられるはずがありませんね。ただ、ここ数年はコロナ禍のステイホームにより家族で食卓を囲む機会が増えたのではないでしょうか。
服部:それ自体はパンデミックのプラスの側面ですが、箸の正しい持ち方など食についての大切なことがらを優しく伝えられるのは、やはり、おばあちゃんだと思います。
西川:なるほど、2世代ではなく3世代で過ごす時間を増やすことが食育には大切なのですね。おじいちゃんおばあちゃんが遠方で会えないなら、地域のコミュニティや近所の高齢者が文化を伝えていくことも考えられますね。
服部:そういった取り組みも意味はありますが、ヨーロッパでは今でも年52週のうち45回ほどは祖父母の家に家族で集まる習慣が続いています。ところが、日本では多くの家庭で3世代が集うのは年数回だけです。これではせっかく会っても他人行儀になり、大切な食文化がおばあちゃんからお孫さんに伝わりません。たとえば、徳川家康公が定めた「五節句」を知ってますか?
家康公が定めた「五節句」とは?
西川:恥ずかしながら私もよくわかっていません。そういえば、子どもの頃、おばあちゃんが1月7日の七草の節句に七草がゆを作ってくれたので七草は今でも全部いえます。あとは3月3日の桃の節句・ひな祭、5月5日の端午の節句の子どもの日、7月7日の笹の節句・七夕。あともう一つは…
服部:9月9日の重陽・菊の節句です。菊をお酒に浮かべて飲んだり栗ごはんを食べて不老長寿をお祈りします。
西川:世代を超えて和食の季節感や美しい盛り付けなど日本の食文化を伝えていく食育は、たしかにおじいちゃんおばあちゃんだからできますね。コロナでどの家庭でも誰しも免疫力を高めるために毎日の食事の大切さを見直したにちがいありません。
服部:体は食べたものでできていますから、一回一回の食事、毎日の食事が大切です。若い人はお肉好きが多いですが、野菜や果物、お魚など、たんぱく質・脂質・炭水化物・ビタミン・ミネラルの五大栄養素をバランスよく摂ることが健康と美容には欠かせません。
西川:服部先生は中高年のメタボのみならず、女性の極端な痩せすぎ志向や拒食にも警鐘を鳴らしておられますね。
服部:たとえば、流行りの炭水化物の量を減らす炭水化物ダイエットは、本来、糖尿病患者のための食事療法です。それを健康な人が続けて良いはずがありません。主食であるご飯やパンを食べないと力が出ないし、頭も働きません。
漆塗りのお椀を一つ持とう!
西川:最近、食品の急激な価格高騰や在宅ワークの増加によって、でき合いの加工食品や惣菜を減らして、食材を買い、おうちで料理をする人が増えていますね。
服部:三つ子の魂百までという通り、おふくろの味、おやじの味、おばあちゃんの味がお子さんお孫さんに受け継がれれば一生ものになります。
西川:自宅で食事を作れば、「おばあちゃんちに行ったときに美味しかったあの料理のレシピを教えてもらおうよ!」となりますね。家族の味を受け継ぐコツは何でしょうか?
服部:まず「完コピ」、完全コピーすることです。そして、時代に合わせて世代ごとの味を出していけばいいのです。
西川:先代の教えを守り、それを破って離れる茶道の「守・破・離」の精神ですね。家庭料理を豊かに楽しむためのアドバイスがあれば教えてください。
服部:本物の漆のお椀を一つでいいから持つといいですよ。漆には抗菌効果・抗ウイルス効果がありますし、使えば使うほど味が出る日本が世界に誇る優れた食器です。お嬢さんに着物を着せるように、漆器でお料理をいただくと見た目も一瞬でグレードアップして“ばえる”し、美味しさが引き立つこと請け合いです。
西川:陶器は英語でチャイナですが、漆器はジャパンです。おふくろの味、おばあちゃんレシピと一緒に代々受け継いでいける宝物になりますね。食育は毎日の家庭の食卓にあるのだとよくわかりました。さっそく、今日の夕食から改めてみたいと思います。ありがとうございました!
学校法人服部学園理事長、医学博士、日本食普及の親善大使。立教大学社会学部卒業、昭和大学医学部博士課程学位取得。農林水産省「食育推進会議」委員・「食育推進評価専門委員会」座長、「食団連(日本飲食団体連合会)」会長など数多くの要職を務める。藍綬褒章、旭日小綬章、仏国大統領よりレジオン・ドヌール勲章シュバリエ章受章。フジテレビ「料理の鉄人」をはじめ各種メディアや食を通じた地方創生で長く第一線で活躍している。